『果てしなきスカーレット』の野心とアンバランスさ

『果てしなきスカーレット』を観ました。SNSでは脚本酷評大喜利が開催されている状況ですが、映像表現はクリエイターから称賛を受けている認識です。全体的にはマイナス評価が多く、興行収入的には怪しそうです。
結論からいえば、私としては、「野心的だが不完全な作品」との評価になりました。以下批評というよりかは感想、修正すべきだったところについての指摘。※ネタバレあり
1. 細田守の主題のスケールについて
今作の主題は、表面的には「復讐に囚われる自己に対する許し」だが、より深く見れば「理想主義と現実主義の対立」という普遍的な問いを扱っている。
序盤で葬られるハムレット王は「信頼と友好のもとの平和」を説き、唯一の日本人として登場する聖も道行く人を介抱し、敵をも助けて信頼を勝ち得ていく。これは理想主義的な姿勢だ。一方、クローディアスは隣国の侵略可能性を危惧し、先制的自衛権を主張する現実主義的な為政者として描かれる。
同時に、キャラバンを強盗が襲い、その強盗をまた別の強盗が襲うシーンは、まさに弱肉強食な社会を象徴していた。また、生と死の狭間の地獄=砂漠という舞台、貧困層の反乱という設定からは、紛争地域を想起せずにはいられない。
とすれば、国際政治思想をもとに捉えると、ハムレット王や聖は理想主義を象徴しており、クローディアスまたはスカーレットは現実主義を象徴しており、その狭間で苦しむ紛争地域(中東などを想起させる)という構図が浮かび上がってくる。
これらの主題に対して、死者の国というファンタジー全開のフィールドで独自の世界観からアプローチしたこと、また、国際政治における為政者のあるべき姿、現代人としてどう生きるべきかを提示したという点において、明らかに前作までよりも大きな世界観、大きな主題にアプローチした野心作として評価したい。
だが、同時にこの作品には欠点が多すぎる。
2. ミュージカルシーンの必要性
本作に最も問題とされるのが、中盤の唐突なミュージカルシーンだろう。一方でそもそもなぜミュージカルシーンを入れる必要があったのかという分析は十分になされていないように見受けられる。
この作品において、踊りや歌は、古くから持つ意味合いである神への祈り、理想主義的な平和への祈りとしての側面が強い。
それは、中盤キャラバンにおいて地域民族のダンスを習い友好する聖が描かれたり、ある夜では復讐に取りつかれているスカーレットに歌謡曲を歌って慰める聖が描かれるところから読み取れる。
その踊りや歌の極致としてミュージカルシーンは描かれており、スカーレットが夢を通して聖のいた現代とつながることで、平和を賛歌する祝祭的な空間として配置されているわけである。過去の時代の存在である彼女が、平和な現代を夢で見ることで現実主義から理想主義への転換していく。そのためにあのシーンが必要だったというのが監督の意図だと読み取れうる。
このように作品内であのシーンの機能は明確にあった。しかし、批判されている、それはなぜなのか。
3. 歪な演出
そもそもミュージカルシーンをはじめとして、本作品は夢を使ったジャンプが何度も出る。自身が別の時代に平和で生きていたらと想像するミュージカルシーン、父の「許せ」の意味を問い続ける自分が墓に埋葬されるシーン、この2つはテーマと関連しているが、時系列を乱してまでの挿入する必然性が乏しいように思えた。
特に前述のミュージカルシーンは、死者の国が荒涼とした砂漠としての対比として描かれているとしても、トーンが明るすぎていて前後の落差が大きく、繋がりが歪に見えたように思う。
同様にトーンが作品全体とミスマッチしていた演出としては、火山の溶岩に焼かれる国民が焼かれながれているのを知りながら、主人公が歌謡曲を歌い続けて行進するシーンである。悲惨さを際立たせるための演出として成功していたと言えるのか(新エヴァの『翼をください』的な演出に思えた)。
4. 聖の存在とテーマとのミスマッチ
そもそも現代との接点となりうる聖自体が作品に大きな歪みをもたらしている。
終盤スカーレットは現世に蘇ることになり、争いのない平和な世界を作ることを共に歩んできた聖に誓う。聖が争いで殺されるような未来を防ぐために現世で戦うと誓う。だが、その聖は無差別殺人により殺されたという事実が明らかになっている。
スカーレットの誓いでは聖の死因を防げないのではないか? そのことを聖もわかっているのか、そのシーン、イエスともノーとも言わずなんとも複雑そうな表情を浮かべる。国境なき医師団として戦場で死んだならまだしも、現代の日本で起こった無差別殺人で死んだという設定は、作品のテーマ『争いをなくす』と噛み合っていないように思える。だが、これは「完全に暴力をなくすことは不可能だが、それでもその努力を肯定する」という現実的なメッセージとも解釈できる。ただし、その意図が作品内で明確に提示されていないため、単なる脚本の綻びに映った。
また、別件だが、非暴力、対話による友好の象徴である彼が終盤襲い来る敵に対して、弓で2人葬り去る行為は向かい撃つ暴力の肯定とも捉えかねないのではない。また、現実を知る中(理想主義から現実主義への転換をする中)で最低限の暴力(自衛権)はやむを得ないとするなら、その心理的な葛藤について描写が十分に描かれていない。とにかく、テーマと彼の存在の整合性が取れていない。
そもそも、現代と明確な接点を持つキャラクターを登場させることで、主題を現代に訴えかけることを伝える必要性があったのか? ファンタジー的な世界観でも十分に現代に通ずるメッセージと読み解かせることは可能だったのではないか。
5. 説明の過不足
これは昨今のアニメ作品について回るのだが、映像的にも演出的にも優れている細田守作品においても、例外ではなかった。映像から十分にわかることを台詞で言う、テーマについて何度も問答する、これらは過剰ともいえるほどの観客のサービス精神であるが、観客としては言語化されるとその通りにしか受け取れなくなり解釈の幅が狭まる。もっと観客を信頼すべきであるし、それができるだけの映像や演出があるだけにもったいなかった。
一方で、主人公はラストシーン叔父に単身で挑む。『竜とそばかすの姫』さながらである。なぜ単身で行かなければならないのかの説明、必然性の描写はない(復讐は一人で果たすというのはわかるが、それを止めない周囲の不自然さは残る)。この構図は前作からの反省が一切なく、主人公が試練に対して一個人として戦いを挑む構図ありきで、作品を考えているように思えた。同様に、聖が弓を使えること、馬を自由に乗りこなせることの説明がないことの説明も乏しい。
余計な説明はあるのに、あるべき説明がないのが引っ掛かる。
6. ご都合主義な龍?の解釈について
個人的に最も解釈に困ったのが天を駆ける龍の存在である。
当初解釈は新海誠と同様なら、自然災害とするべきではないかと思った。
それにしては主人公の窮地に雷を落とすシーンが複数回あり、ご都合主義的な面もある。争いを止めるための審判を下す神的な存在の側面もあるのだろうか。
自然災害にしてはご都合主義すぎるし、神的な存在にしてはその提示がなさすぎる。
もっとも自由に解釈できる部分なのかもしれない。
7. 終わりに
総括としては、「野心的だが不完全な作品」になる。ただ、細田守が前作よりも格段にスケールの大きい主題、舞台設定に取り組んだのは評価したいし、そういう意味では同時代の監督から一歩先に抜けようとしている、もしくはもう抜けたと言ってもいいかもしれない。個人的に、作品の評価としては良くはなかったが、そのような志を持つ観点から監督としての評価はむしろ上がった。
願わくば、才能あふれる細田守に対して、時に厳しい言葉を投げかけつつもサポートできる存在が早く見つかってほしい。
P.S.
『ハムレット』『ダンテ』は未読だったので、あらすじだけ予習していきました。『ハムレット』は読むか、あらすじ知っておいた方がいいと思います。主人公の現世での出来事周りの納得感は増します(だからと言って評価が変わるわけではないですが)。
文学をより深く読み込むための7の理論と21の質問
こんばんは。思ったより早い再投稿です。
読書会バージョン使わないかなって思ってたけど、ChatGPTにおいておくと埋もれるリスクあるので、備忘録として置いておきます。加えて、下に勉強する文献リストも記載しておきます(何冊か存在しない本紹介されたけど、調べ直してそれらしきものに置き換えました)
----------------------------------------------------------------
1. 主題(テーマの抽出と分析)
-
【引用想定】冒頭または象徴的な20~30字を抜粋し、
【読み解き】作品が中心に据えるテーマは何か述べよ。
【応用】そのテーマを、自作のどのようなプロットやキャラクターに落とし込むか構想せよ。 -
【引用想定】物語中盤で繰り返されるキーワードや比喩を抜粋し、
【読み解き】この反復がテーマの強調にどう寄与しているか分析せよ。
【応用】同様の反復手法を自作に取り入れるなら、どの要素に適用するか示せ。 -
【引用想定】クライマックス直前の数行を抜粋し、
【読み解き】テーマの頂点はどこにあるか、その場面の意義を説明せよ。
【応用】自作でクライマックスを構築する際、同種のテンションをどのように演出するか述べよ。
2. 文体とスタイル
-
【引用想定】詩的表現や擬音語が印象的な一文を抜粋し、
【読み解き】その文体的効果が読者にどのような印象を与えるか論じよ。
【応用】同様の手法を自作のどのシーンで使い、何を狙うか具体的に挙げよ。 -
【引用想定】短い文と長い文が混在する段落を抜粋し、
【読み解き】リズムの変化が物語の流れにどう影響しているか分析せよ。
【応用】リズム操作を自作で試すなら、どのタイミングで導入するか計画せよ。 -
【引用想定】方言や独特の語彙が登場する箇所を抜粋し、
【読み解き】語彙選択が登場人物や世界観をどう際立たせるか説明せよ。
【応用】自作のどのキャラクターに特殊語彙を使い、どのような効果を狙うか述べよ。
3. 人物造形(心理描写・動機・成長)
-
【引用想定】内的独白が示される一文を抜粋し、
【読み解き】その心理描写がキャラクターのどの側面を浮かび上がらせるか考察せよ。
【応用】自作で内的独白を用いる場合、誰に・どの場面で使い、どんな深みを出すか構想せよ。 -
【引用想定】行動と心理が対比的に描かれるシーンを抜粋し、
【読み解き】動機と行動のズレが物語にどう緊張を生んでいるか分析せよ。
【応用】自作で同様のズレを作るなら、どのような状況設定が効果的か挙げよ。 -
【引用想定】終盤での変化を示す描写を抜粋し、
【読み解き】キャラクターがどのように成長・変容したか要約せよ。
【応用】自作で人物成長を描くなら、物語のどの段階に配置するか示せ。
4. 構成技法(時系列・視点・クライマックス)
-
【引用想定】時系列が前後する箇所を抜粋し、
【読み解き】時間操作(フラッシュバック等)が物語にどう働いているか考察せよ。
【応用】自作で時間操作を行う場合、導入ポイントと期待する効果を設計せよ。 -
【引用想定】視点が切り替わる転換箇所を抜粋し、
【読み解き】視点変更によって物語がどのように拡張されたか分析せよ。
【応用】自作で複数視点を用いるなら、誰の視点を選び、他とどう対比させるか構想せよ。 -
【引用想定】クライマックス前後の数行を抜粋し、
【読み解き】構成が緊張をどのように高めているか要素ごとに分解せよ。
【応用】自作のクライマックス構造を簡潔に図式化し、類似手法を示せ。
5. 独創性(新人賞受賞の理由)
-
【引用想定】斬新な設定や表現の一節を抜粋し、
【読み解き】その独創性が作品全体にどう影響しているか検討せよ。
【応用】自作に取り入れたい「独自設定」のアイデアを3つ挙げよ。 -
【引用想定】予想を裏切る展開を示す一文を抜粋し、
【読み解き】意外性が新鮮さを生む仕組みを分析せよ。
【応用】自作で読者を驚かせる仕掛けを作るなら、どのタイミングでどう演出するか述べよ。 -
【引用想定】文体とテーマの意外な組み合わせがある箇所を抜粋し、
【読み解き】そのミスマッチがどのような効果を生むか考察せよ。
【応用】自作で意図的に文体とテーマをズラす実験案を示せ。
6. 時代性(現代性・社会文化的背景)
-
【引用想定】社会問題や風俗が描かれる一節を抜粋し、
【読み解き】当時の社会状況や文化背景を踏まえて解釈せよ。
【応用】自作で現代性を出すために取り入れる社会問題や風俗要素を挙げよ。 -
【引用想定】古典的モチーフと現代的視点が交わる箇所を抜粋し、
【読み解き】過去と現在の対比が作品にどう意味をもたらすか分析せよ。
【応用】自作で伝統的モチーフを現代に置き換えるアイデアを示せ。 -
【引用想定】テクノロジーやメディア言及がある一文を抜粋し、
【読み解き】言及が時代性の表現としてどう機能しているか考察せよ。
【応用】自作でデジタル時代の特徴を表現する手法を提案せよ。
7. 普遍性(他文化・未来への通用度)
-
【引用想定】文化差や国際性が示唆される描写を抜粋し、
【読み解き】他文化の読者がどう受け取るか想像して分析せよ。
【応用】自作で国境を越えて共感される要素をどのように取り込むか示せ。 -
【引用想定】愛/死/孤独などの普遍的テーマが語られる一節を抜粋し、
【読み解き】その普遍性がどのように言語化されているか解説せよ。
【応用】自作で普遍的テーマを表現する新しい比喩や構造を構想せよ。 -
【引用想定】未来や未知を予見させる描写を抜粋し、
【読み解き】SF的想像やメタフィクションとしての機能を分析せよ。
【応用】自作で未来への視線を注入する場合の設定案を3つ挙げよ。
以下おまけ
文学理論知識ある人向け
1. 主題(テーマの抽出と分析)
理論参照:Northrop Frye の「元型批評」、Roland Barthes の「解読コード」
1.1 【引用想定】冒頭または象徴的な20~30字を抜粋し、
【読み解き】Frye の元型批評を念頭に、ここに現れる神話的/元型的要素は何か指摘せよ。
【応用】自作で同様の元型を用いるなら、どのような状況設定や象徴で表現するか構想せよ。
1.2 【引用想定】物語中盤で繰り返されるキーワードやモチーフを抜粋し、
【読み解き】Barthes の「解読コード(Hermeneutic Code)」の視点から、読者の期待をどのように操作しているか分析せよ。
【応用】同様のコード操作を自作に取り入れるなら、どの要素に適用するか示せ。
1.3 【引用想定】クライマックス直前の数行を抜粋し、
【読み解き】Algirdas Julien Greimas の行為者モデル(Actantial Model)に基づき、テーマを推進する主要アクタン(actant)は誰/何か分析せよ。
【応用】自作でアクタンモデルを活用する場合、主人公以外にどの役割を担う存在を設定するか構想せよ。
2. 文体とスタイル
理論参照:Mikhail Bakhtin の「ポリフォニー」、Roland Barthes の「S/Z」
2.1 【引用想定】詩的表現や擬音語が印象的な一文を抜粋し、
【読み解き】Bakhtin のポリフォニー理論を踏まえ、この文体が多声的な語りをどのように実現しているか論じよ。
【応用】自作で多声的テクストを作るなら、どのキャラクターの視点を交錯させるか計画せよ。
2.2 【引用想定】短文と長文が交互に並ぶ段落を抜粋し、
【読み解き】Barthes の『S/Z』で言う「コードの密度」がリズムにどう関与しているか分析せよ。
【応用】自作でリズムを操作する際、どのコード(象徴/行為)を密度高く配置するか示せ。
2.3 【引用想定】希少語や造語が使われる箇所を抜粋し、
【読み解き】Bakhtin の「異言語性(heteroglossia)」の観点から、語彙選択が読者認識にどう働くか考察せよ。
【応用】自作の特定キャラクターに異言語的表現を与えるなら、どのような社会的背景を想定するか構想せよ。
3. 人物造形(心理描写・動機・成長)
理論参照:E. M. Forster の「平面的/立体的キャラクター」、Umberto Eco の「読者モデル」
3.1 【引用想定】内的独白が示される一文を抜粋し、
【読み解き】Forster の「round character」概念を用いて、この描写が立体的キャラクター構築にどう寄与するか分析せよ。
【応用】自作で同様に round character を描くなら、どのような内的対話を設定するか構想せよ。
3.2 【引用想定】行動とそれを支える心理描写の対比箇所を抜粋し、
【読み解き】Eco の読者モデル理論を踏まえ、動機と行動のズレが読者の解釈欲求をどう引き起こすか考察せよ。
【応用】自作で読者モデルを刺激するズレを演出するなら、どのような場面を作るか述べよ。
3.3 【引用想定】終盤での人物変容を示す描写を抜粋し、
【読み解き】Forster の「character arc(成長線)」に照らし、このキャラクターの成長段階を三幕構成で要約せよ。
【応用】自作でキャラクターアークを設計する場合、どの時点で転換点を置くか図示せよ。
4. 構成技法(時系列・視点・クライマックス)
理論参照:Gérard Genette のナラトロジー(秩序・持続・頻度・視点)
4.1 【引用想定】時系列が前後する箇所を抜粋し、
【読み解き】Genette の「秩序(Order)」概念を用いて、逆行語りが物語効果にどう働くか考察せよ。
【応用】自作で順序操作を行うなら、どの場面に非線形を導入すべきか計画せよ。
4.2 【引用想定】視点切り替えの転換点を抜粋し、
【読み解き】Genette の「視点(Point of View)」分類を使い、語りの焦点化が物語にどう影響するか分析せよ。
【応用】自作で多視点を用いる場合、誰の焦点化を最重要視するか示せ。
4.3 【引用想定】クライマックス前後の数行を抜粋し、
【読み解き】Genette の「頻度(Frequency)」理論を参照し、繰り返し表現が緊張をどのように高めるか明らかにせよ。
【応用】自作で頻度を操作する仕掛けを図式化し、期待する読者反応を述べよ。
5. 独創性(新人賞受賞の理由)
理論参照:Roland Barthes の「作家の死」、Mikhail Bakhtin の「言説の異質性」
5.1 【引用想定】他作に類を見ない設定を示す一節を抜粋し、
【読み解き】Barthes の「作家の死」理論を踏まえ、作品がテクストとして自立している点を論じよ。
【応用】自作でテクスト自立性を高めるには、どの要素を作者意図から解放するか構想せよ。
5.2 【引用想定】対話や独白で異質な声が紡がれる箇所を抜粋し、
【読み解き】Bakhtin の「heteroglossia」を用いて、異なる言説がどう共存・衝突するか分析せよ。
【応用】自作で異質言説を演出するなら、どのキャラクター同士で対話させるか示せ。
5.3 【引用想定】テーマや文体におけるダイナミックなミスマッチ箇所を抜粋し、
【読み解き】Barthes の「writerly text(作家的テクスト)」概念を参照し、その実験性が読者に何を促すか考察せよ。
【応用】自作で作家的テクストを志向するなら、どの部分で読者参加を誘うか構成せよ。
6. 時代性(現代性・社会文化的背景)
理論参照:Stephen Greenblatt の「新歴史主義」、Marxist Criticism
6.1 【引用想定】社会問題や風俗が描かれる一節を抜粋し、
【読み解き】新歴史主義の視点から、テクストが当時のイデオロギーや権力構造をどう反映するか分析せよ。
【応用】自作で社会構造を批評的に描くなら、どの視点人物を使うか構想せよ。
6.2 【引用想定】労働・階級・消費などマルクス主義的テーマが示唆される描写を抜粋し、
【読み解き】Marxist Criticism の階級分析で、どの対立構造が浮かび上がるか考察せよ。
【応用】自作で階級や資本主義批判を盛り込むなら、どんな象徴的モチーフを用いるか示せ。
6.3 【引用想定】都市風景やデジタル社会が登場する一文を抜粋し、
【読み解き】新歴史主義の文脈で、グローバル化・メディア技術が物語にどう介入するか検討せよ。
【応用】自作でデジタル時代の断片を表現する方法を3案挙げよ。
7. 普遍性(他文化・未来への通用度)
理論参照:Harold Bloom の「西洋正典論」、Edward Said の「オリエンタリズム」
7.1 【引用想定】異文化交流や国際性が示唆される描写を抜粋し、
【読み解き】Said の「オリエンタリズム」を踏まえ、他文化読者に対する表象の問題点・可能性を分析せよ。
【応用】自作で異文化を扱う際、どのナラティブ戦略でステレオタイプを回避するか構想せよ。
7.2 【引用想定】愛/死/孤独などの普遍的テーマが語られる一節を抜粋し、
【読み解き】Bloom の「アガペー的鑑賞」を念頭に、作品が「正典」となり得る普遍性の要件を論じよ。
【応用】自作で正典的普遍性を狙うなら、どのモチーフを中心に据えるか示せ。
7.3 【引用想定】未来的・SF的要素を含む描写を抜粋し、
【読み解き】Bloom の「創造的読み直し」を参照し、普遍的価値を未来視点でいかに更新しているか考察せよ。
【応用】自作で未来普遍性を表現する設定案を3つ挙げよ。
以下文献
1. 主題(テーマの抽出と分析)
理論的背景
-
元型批評(Northrop Frye)
文学を神話的・元型的パターンの集積とみなし、作品に繰り返し現れる象徴的イメージから普遍的テーマを浮かび上がらせる手法です Amazon。 -
解読コード(Roland Barthes)
読者の「謎解き欲求」を誘発するヒントと伏線の機能を分析し、テーマの組み立て方を探る視点を提供します Amazon。
おすすめ参考文献
-
ノースロップ・フライ『批評の解剖〈新装版〉』
文学全体を統合的に読む枠組みと、元型批評の基礎理論を学べる古典的名著 法政大学出版局。 -
ロラン・バルト『S/Z—バルザック「サラジーヌ」の構造分析』
具体的テクストを細分解しながらコード操作を実演する、テーマ把握の実践ガイド みすず書房。
2. 文体とスタイル
理論的背景
-
ポリフォニー(Mikhail Bakhtin)
複数の声(語り手・登場人物)が対等に共存する多声音小説の概念で、文体の多様性と対話性を読み解く鍵を与えます ナビムール。 -
コード密度(Roland Barthes/『S/Z』)
言語的機能単位(lexia)の配列・頻度を分析し、リズムや効果の裏側にある「コードの分布」を明らかにします 沼津高専。
おすすめ参考文献
-
ロラン・バルト『S/Z—バルザック「サラジーヌ」の構造分析』
文体的リズムと密度の分析手法を実例で示す批評実践書 名古屋大学学術機関リポジトリ。
3. 人物造形(心理描写・動機・成長)
理論的背景
-
平面的/立体的キャラクター(E. M. Forster)
人物を「平面的(flat)」か「立体的(round)」に分類し、内的独白や成長線の描き方を整理します Wikipedia。 -
読者モデル(Umberto Eco)
読者がテクストに求める「仮説形成の枠組み」を理論化し、動機と行動のズレがどのように読解刺激を生むかを解説します。
おすすめ参考文献
-
E・M・フォースター『小説の諸相』
キャラクター論とプロット論をユーモラスに語る、立体的人物論の古典 Wikipedia。 -
ウンベルト・エーコ『ウンベルト・エーコ 小説の森散策』
読者の読み方を理論化し、キャラクターの動機解読手法を学べるテキスト。
4. 構成技法(時系列・視点・クライマックス)
理論的背景
おすすめ参考文献
-
ジェラール・ジェネット『物語のディスクール』
Genette の主要概念を平易に解説した日本語訳テキスト。 -
ロバート・マッキー『ストーリー』
脚本理論をベースに、クライマックス構築法と視点操作を実践的に学べます。
5. 独創性(新人賞受賞の理由)
理論的背景
-
作家の死/作家的テクスト(Roland Barthes)
著者の意図を脱構築し、テクスト自立性と読者参加の余地を最大化する「writerly text」の概念です EBSCO。 -
異言語性(Bakhtin)
社会的・文化的立場の異なる「声」が衝突するカーニバル的構造が独創性を生むと論じます artscape。
おすすめ参考文献
-
ロラン・バルト『テクストの快楽』
Barthes が readerly/writerly テクストを論じる短篇エッセイ集。
6. 時代性(現代性・社会文化的背景)
理論的背景
-
新歴史主義(Stephen Greenblatt)
テクストと社会的権力構造の相互作用を読む手法で、作品がどのように時代のイデオロギーを映し出すかを分析します。 -
マルクス主義批評
階級・生産関係・消費文化を視点に、文学に隠された経済的・社会的力学を浮かび上がらせます。
おすすめ参考文献
-
テリー・イーグルトン『マルクス主義と文芸批評』
文学作品を社会構造の中で批評する理論的基礎。
7. 普遍性(他文化・未来への通用度)
理論的背景
-
西洋正典論(Harold Bloom)
「普遍的価値」を作品の中に担保する詩的言語と象徴を探究します。 -
オリエンタリズム(Edward Said)
文学が他文化をどのように表象し、ステレオタイプを再生産または打破するかを分析する批評潮流です。
おすすめ参考文献
-
ハロルド・ブルーム『西洋正典』
普遍性の条件を「正典」の視点から論じる批評書。※多分邦訳ない『Western Canon』のこと -
エドワード・サイード『オリエンタリズム』
文学における他文化表象の力学を学ぶ古典的論考。
その他
推薦文学理論書籍
-
『リーディング・ライク・ア・ライター』/フランシーヌ・プローズ
-
執筆に必要な「クローズリーディング」の具体的手法を章立てで示し、言葉の選択や文体の分析が如何に創作力を高めるかを解説 Wikipedia。
-
-
『小説の諸相』/E. M. フォースター
-
-
ポリフォニー(多声音)理論により、文体や語りの異質性が作品に与える効果を深く理解し、創作上の声の使い分けに応用できる 。
-
-
『批評の解剖〈新装版〉』/ノースロップ・フライ
-
元型批評や歴史的・修辞的批評の枠組みを示し、神話的モチーフやテーマの普遍性を掴む手法を習得できる SuperSummary。
-
-
『S/Z—バルザック「サラジーヌ」の構造分析』/ロラン・バルト
-
テクストを「5つの記号コード」で細分解し、読者の期待操作やメタ言語的効果を自作に取り入れる実践的批評を学べる
-
(1の文献は和訳ないこと確認済。文献としては存在する)
映画をより良く観るための7の理論と21の質問
ご無沙汰しております。
今回は批評風ではなく、ブログ風に。
みなさん映画をどのような角度でみて、どのような角度で感想を共有しますか。
誰かと話すとバラバラの着眼点で、面白いと思いつつ、気づけたと思うけどその視点抜けてたなってことあると思います。
最近トレンドの生成AIで7つの理論付随した21の質問を作って、なるほどな~これならある程度網羅できそうって思ったので共有します。より良く映画を見るにあたり、ぜひぜひ活用してください。
1. 主題(テーマの抽出と分析)
参考理論: Robert McKee『Story』テーマ論
-
1. 冒頭数分間の象徴的イメージ・セリフを挙げ、
-
【読み解き】この作品が中心に据えるテーマは何か述べよ。
-
【応用】同テーマを、自作のプロットやキャラクターにどう組み込むか構想せよ。
-
-
2. 中盤で繰り返されるビジュアルモチーフやキーフレーズを抜粋し、
-
【読み解き】反復がテーマの強調にどのように寄与しているか分析せよ。
-
【応用】自作で反復手法を使うなら、どの要素に適用し、どう効果を狙うか示せ。
-
-
3. クライマックス直前・直後の対話シーンを抜粋し、
-
【読み解き】テーマの頂点はどこにあるか、その瞬間の意義を説明せよ。
-
【応用】自作のクライマックスで同種のテーマ的緊張をどう演出するか述べよ。
-
2. 映像表現(スタイルと撮影技法)
参考理論: André Bazin『映像の存在論』ミザンセーヌ論/Sergei Eisensteinモンタージュ理論
-
4. 印象的な長回しワンショットを参照し、
-
5. 編集で短いカットが連続するアクションシーンを抜粋し、
-
【読み解き】モンタージュ理論の視点で、カットの連なりが緊張をどう創出するか分析せよ。
-
【応用】自作で編集リズムを操るなら、どの場面で何カットを重ねるか示せ。
-
-
6. カラーグレーディングや光の扱いが際立つ一場面を抜粋し、
-
【読み解き】色彩/ライティングが感情や雰囲気にどう寄与しているか解説せよ。
-
【応用】自作で同様の色彩設計を行うなら、どのパレットを選び何を狙うか構想せよ。
-
3. キャラクター造形(演技・動機・変化)
参考理論: Stanislavskiメソッド演技論/André Bazinリアリズム演技論
-
7. 主人公の内面を表すモノローグ(ナレーション)を抜粋し、
-
8. 言動と表情が食い違うシーンを抜粋し、
-
【読み解き】演技のズレが動機の葛藤をどのように示しているか分析せよ。
-
【応用】自作で同様のズレを演出する場合、どの瞬間に何を対比させるか挙げよ。
-
-
9. エンディング直前の登場人物の変化を示すカットを参照し、
4. ナラティブ構造(編集・時間操作)
参考理論: David Bordwell & Kristin Thompson『ナラティヴ理論入門』/Eisensteinモンタージュ理論
-
10. フラッシュバックで過去を挿入するシーンを抜粋し、
-
【読み解き】時間操作が物語の緊張や情報開示にどう働いているか考察せよ。
-
【応用】自作で時間操作を行う場合、導入ポイントと目的を設計せよ。
-
-
11. 視点が主人公→他者に切り替わるシーンを抜粋し、
-
【読み解き】POV(視点)の転換が物語認識にどう影響を与えるか分析せよ。
-
【応用】自作で多視点を用いるなら、誰の視点をどこで入れ替え、何を強調するか構想せよ。
-
-
12. クライマックス前後の編集テンポの変化を参照し、
-
【読み解き】カット長の変化や音響効果が緊張をどう高めているか分解せよ。
-
【応用】自作でクライマックスの編集リズムを制御するために、どの演出要素を重視するか示せ。
-
5. オーター/独創性(Auteur Theory)
参考理論: François Truffaut & André Bazinオーター理論
-
13. 監督固有のモチーフ(例:同じ小物が何度も映る)を抜粋し、
-
【読み解き】オーター理論(作家論)の視点で、監督の個性がどのように表れているか分析せよ。
-
【応用】自作で自身のシグネチャーモチーフを作るなら、何を繰り返し登場させるか構想せよ。
-
-
14. ジャンルを逸脱する実験的ショットを参照し、
-
【読み解き】意外性が鑑賞体験にどう新鮮さをもたらしているか検討せよ。
-
【応用】自作で実験的演出を行うなら、どんな技法を試すか述べよ。
-
-
15. ドキュメンタリー/フィクションが交錯する場面を抽出し、
-
【読み解き】ハイブリッド形式が物語にどのようなリアリティを付加しているか考察せよ。
-
【応用】自作で境界を曖昧にする場合、どの場面で何を組み合わせるか示せ。
-
6. 社会文化的文脈(時代性)
参考理論: New Historicism/Cultural Studies
-
16. 社会問題を象徴するロングショットを抜粋し、
-
【読み解き】当時の社会状況や文化的背景をどのように映像化しているか分析せよ。
-
【応用】自作で現代性を出すなら、どの背景要素をどのように撮影するか構想せよ。
-
-
17. 古典モチーフ(例:神話的要素)が現代設定で引用される場面を抜粋し、
-
【読み解き】過去と現在の対比が作品にどう意味をもたらしているか検討せよ。
-
【応用】自作で伝統モチーフを現代に翻案するなら、何を選びどうアレンジするか示せ。
-
-
18. デジタル技術やメディア言及のあるシーンを抜粋し、
7. 普遍性(国際性・未来への通用度)
参考理論: Transnational Film Theory/Postcolonial Criticism
-
19. 異文化交流が描かれるダイアローグ(対話)を抜粋し、
-
【読み解き】他文化の視点をどのように提示し、鑑賞者に何を問いかけているか分析せよ。
-
【応用】自作で多文化共生を描くなら、どの文化的要素をどのように交錯させるか示せ。
-
-
20. 愛/死/孤独など普遍的テーマを象徴するビジュアルを抜粋し、
-
【読み解き】そのモチーフがどのように普遍性を呼び起こしているか解説せよ。
-
【応用】自作で普遍的テーマを映像化する際、どの比喩的イメージを用いるか構想せよ。
-
-
21. 未来やSF的要素が登場する場面を抜粋し、
-
【読み解き】SF的想像が人間普遍の問いをどう拡張しているか考察せよ。
-
【応用】自作で未来普遍性を表現する設定案を3つ挙げよ。
-
7軸なのはミラーの法則だと、人間の処理は7±2で処理するのが限界っていうのが理由だそうです。
もとは知人と読書会で使うときのフォーマットとして文学用で作成したのですが、世の中的には映画を見る機会が多いかと思いますので、別に出力してみました。
必要に応じ、その映画に表れる技法やモチーフや主題を再度ChatGPTにかけると、自分自身の理解がより深まるんじゃないでしょうか。
ではでは、また批評を書きたいと思うだけの気力があった時に
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』批評ー主題の変遷、他者と社会への贖罪ー
はじめに

2021年3月8日『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が公開された。
興行収入は公開42日で77億を超え、各レビューサイトでも星4以上と一般視聴者層から好評を博している。批評家からも好意的な反応が多く、一般層、批評家ともども大いに歓迎されている。一方で、批判的な反応も少なからず存在している。ご都合主義的な、大団円的なシナリオに対しての疑問、またシリーズのヒロインとされてきたレイやアスカをおざなりに扱ったことに対する憤りなど、様々な要因があるだろう。
今一度シリーズ全体について顧みて、本作の課題についてアプローチを行いたい。
なお、本稿では、
の2点のスタンスを取る。
1について。
本シリーズ作品は聖書の引用等、意味深なディテールが多分に凝らされているが、すでに多数の視聴者により十分な思索が行われ、いたるところで記事にされているため省略する。あくまで作品内の主題に限定して検討する。
2について。
テクスト論(1)的な立場をとる。庵野の私生活が作品と密接な関係を持つため、庵野と作品を重ねることが解釈のアプローチとなりうるが、本稿では行わない方針とする。
本稿では『エヴァンゲリオン』シリーズに関する知識があまりなくともわかるように、作品知識やあらすじの解説も併せて行う。可能な限り丁寧に順を追いつつ短く要約することで、作品のエッセンスを効率良く伝えられたら嬉しい。
また、TVで放送された全26話をTV版、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』を旧劇版、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の4作を新劇版とし、新劇4作をそれぞれ『序』『破』『Q』『シンエヴァ』と呼ぶこととする。なお、各所に記載している注釈(No.)は、読み飛ばしていただいて構わない内容にしている。
1 テクスト論については
テクスト論とは - コトバンク
参照。
今回の場合、作者の考えに基づいて作品を解釈するのではなく、映画が表現している事柄から作品の解釈を行おうとする考え。
文献としてはロラン・バルト『作者の死』などが有名。
目次
- 作品理解を助ける知識
- TV版、旧劇版『DEATH (TRUE)2 / Air / まごころを、君に』の主題-他者理解と自己肯定の困難さ-
- 『ヱヴァンゲリオン新劇場版』シリーズの主題-『贖罪』という課題
- 『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』に残された課題
- 終わりにー謎に対する需要の変化と他者との相互理解-
1.作品理解を助ける知識
1-1 シリーズ作品に通ずるあらすじ
『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズは、内気な少年である碇シンジが、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンに乗り、地球外生命体である使徒と闘う物語だ。その過程に、絶縁していた父ゲンドウ、母のコピーであるレイ、母代わりとして共同生活を送るミサト、同じく共同生活を送る同年代の異性としてのアスカ、初めての自分の理解者となるカヲルなど、様々な人々との邂逅があり、劇的な出来事に遭遇していく。シンジはエヴァンゲリオンに乗ることで周囲の期待に応えるも、同時に戦いの中で他者を傷つけてしまうことに苦悩し、時にエヴァの操縦を拒絶しながらも、使徒を倒していく。
このあらすじだと、既存のロボットアニメと大差ない。本作が異質なのは、使徒を倒すにつれて徐々に明らかになる人類補完計画という終着点の存在だ。
1-2人類補完計画とは
一言で言えば、群体である人類を統合して完璧な単体へ進化を目的とする計画となる。NERVを裏から操るゼーレ、またNERV総司令のゲンドウが主導している。
計画の目的は2者で異なる。
- ゼーレ
魂と肉体の解放による完璧な存在への進化。ゼーレは『人類は他者という存在があるから戦争や飢餓などで対立する。相互理解は困難だ。ならば自己と他者の境界をなくし、他者を消して争いを無くそう。それにより人類の生来的な欠落を補完できる』と考えている。自己と他者の境界を失った人類の統合先(2)としては、人類を生み出した第二の使徒リリスにしたいと目論んでいる。
2者は表面上計画に協力し合っている。テレビ版においては徐々に対立が見え始め、最終的に旧劇版で抗争が始まる。とはいえ、ゲンドウも人類補完計画について、冬月(3)やシンジ(『シンエヴァ』にて)に丁寧に説明したり、説明思想自体には共感している。亡き妻ユイとしか分かり合えなかったゲンドウもまた孤独だからだ。
この『他者』を巡る問題はTV版、旧劇版の主題になっている。
2 統合先とはすべての魂の拠り所としての物理的な器をイメージするとわかりやすい

1-3 人類補完計画の結果、世界と人々はどうなるのか?
作中には赤一色と化した風景など、生命が住めないような区域が何回か描かれる。これらは、『~インパクト』と呼ばれる出来事の影響により、生命が死滅した世界の様子とされている。『~インパクト』が複数回(4)起こることで最終的に、人類は自己と他者の境界となる心の壁=ATフィールドを喪失し、生命の根源であるL.C.L(オレンジ色の液体)に変化する。
作品の主たる部分を理解するのはこの程度の知識があれば十分なのではないかと筆者は考えている。
4 TV版と旧劇版は『DEATH (TRUE)2 / Air / まごころを、君に』までにサードインパクト、新劇版は『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』までにフィフスインパクトまで観測できる。旧劇ではサードインパクトで人類の補完ができたことから、1回でどの程度進行するかが重要に思われる。
2.TV版と旧劇版『DEATH (TRUE)2 / Air / まごころを、君に』の主題-他者理解と自己肯定の困難さ-
2-1.TV版25話、26話の結末の解釈
TV版エヴァンゲリオンにおいて、最も賛否両論なのは25話、26話だろう。カヲルを殺してしまった24話の後、突如人類補完計画が開始し、2話にわたってシンジの精神世界のやり取りが続き、そのままTV版は終了する。特に議論になるのが、ラストシーンにおけるシンジの「僕はここにいていいんだ」と登場人物たちが繰り返す「おめでとう」だ。
このシーンからは、シンジの自己肯定感と他者からの承認(≒理解されること)の関係性を読み取るべきだろう。シンジは母を早くに亡くし、父から絶縁されており、十分な愛を受けられなかったためか自己肯定感に乏しく、自身の価値はエヴァに乗れることにしかないと苦悩していた。しかし、人類補完進行中に精神世界で対話を繰り返した結果、現実の認識を捉え直し、エヴァに乗れるという価値から切り離された状態での自己肯定感を獲得する(「僕はここにいていいんだ」)ことで、他者からの承認された(「おめでとう」)と思い込めばいいという結論に至った。
一見幸せ(?)だが、課題も残る。現実は何も変わっていないのだ。獲得した他者からの承認は、あくまでシンジの内面の事象にすぎない。自身を承認してくれる父ゲンドウはシンジの心の中にしか存在しない。そもそも本来他者から承認されることで自己肯定感は獲得するものであり、順序が誤っている。この幻想を正していく様子が、旧劇版で描かれることになる。

2-2.旧劇版『DEATH (TRUE)2 / Air / まごころを、君に』のラストシーンが映し出す他者との関わり方
物語はTV版を総集編にした内容(25,26話を除く)が続いた後、映画版オリジナルの展開が始まる。
ゼーレは目的が異なるゲンドウと決別し、人類補完計画を実行に移すため、NERVに戦略自衛隊と量産型エヴァンゲリオンを差し向ける。対抗するNERVは指揮を執るミサトが、アスカをエヴァ2号機に搭乗させ、戦う意志がないシンジを初号機まで連れていく。アスカは量産型エヴァンゲリオンと応戦するが、戦闘不能となってしまう。
シンジはエヴァに乗ると他の人をまた傷つけてしまうと操縦を拒絶したが、初号機が自ら彼を乗せて動き出す。しかし、動き出してすぐ宇宙空間から飛んできた槍に貫かれ磔にされ、人類補完の儀式が開始してしまう。登場人物の多くが心の壁=ATフィールドを失い、L.C.Lに還っていく。
そこから、シンジの精神世界の様子が映し出され続ける。シンジは当初人類の補完に抵抗していなかったが、レイとカヲルとの対話を通して、他者と心の壁があり理解し合えず傷つく恐怖を受け入れ、それでも現実で他者との交流を望む結論を導き、人類の補完を中断する。
シンジが気付いた時には、赤い海の浜辺にアスカとともに打ち上げられていた。彼は起き上がってすぐ、仰向けに倒れていたアスカの首を絞める。すると、アスカがシンジの頬に触れる。シンジは涙を流し、首を絞めるのをやめてしまう。アスカが「気持ち悪い」と呟き、終劇となる。
TV版と違って、屈折的な終わりを迎えている。
シンジがアスカの首を絞めてしまった理由は直接語られないが、他者(に拒絶されること)に対する恐怖が消えず、存在を否定したくなってしまったからだと思われる。精神世界で他者との交流を願う結論を出しながらも、いざ他者を目の前にすると自分が傷つく恐怖で再び拒絶してしまったのだ。
対してアスカはシンジの頬に触れ、殺されることを受け入れる。彼から始めてぶつけられる本気の気持ち(好意ではないとしても)だと、真向から受けとめることにしたのだ。この殺意は確かにアスカ1人だけに向けられたものであり、自分だけを見てほしいと思う彼女の独占欲を満たすものだったからかもしれない。
しかし、シンジはそんなアスカを見て、首を絞めるのをやめてしまい泣き崩れてしまった。自らの行いに後悔したのだ。つらさを、孤独を、誰でもいいから優しく慰めてもらいたく、それをアスカがしてくれるのだと思った。しかし、都合の良い他者としてまた利用するつもりであると、アスカに見抜かれ「気持ち悪い」と吐き捨てられる。
この結末における登場人物の心情は多様な解釈があり、筆者の考えはその一つにしかすぎない。そこが旧劇版の面白さでもある。どのように解釈するにせよ、シンジの望んだ他者との交流がある世界が、決して楽な道ではないことは確かである。彼は精神世界の対話を経て、すぐ行動に移せるほど成長できたわけではない。それでも困難な道を自ら選んだという点において、前向きな姿勢を見出すことができるのではないだろうか。他者との関係性においてあまりに悲劇的だが、確かに前を向いているのだ。

2-3 TV版25,26話から旧劇版への発展ー都合のいい幻想から傷つけ合う現実への回帰-
TV版と旧劇版、なぜ2回もシンジの精神世界の補完を描かれたのか。
TV版においては、自身の心の持ち方で世界の見え方が変わるとして、最終的には内面の世界にいる他者からの承認を獲得した。しかし、旧劇版においては、シンジの内面にあるレイやカヲルなどの他者は『希望』(他者から好かれていると思う気持ち)ではあるが、シンジは『だけどそれは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ』と切り捨て、現実の他者との交流を強く望んだ。「すべてが1つになり、自分の内面でまやかしの他者からの自己承認に浸るのではなく、心の壁があり互いに傷つけ合う現実世界だとしても本物の相手に会いたい(相互理解に努めたい)」と既存の答えを昇華しているのだ。ここからTV版における精神世界での補完の後もシンジの精神世界の対話は継続していたと読み取れる。シンジの答えを発展的に修正する必要があったから2回描かれたのだ。
とはいえ、他者との関係性における新しい結論にも、お互いにつけ合った傷にどう向きあうかという課題が残る。そして、新劇版はこの課題にアプローチする物語となる。
3『ヱヴァンゲリオン新劇場版』シリーズの主題-『贖罪』という課題
3-1 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 』 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のあらすじ-他者を傷つけること-
旧劇版完結から9年後に『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』が、その2年後には『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 』 が上映された。『序』はストーリー上の変更点はほとんどなく、また『破』も大筋は変更がなかったものの、いくつか変更点が加えられた。
①3号機にはトウジではなくアスカが搭乗した。シンジはアスカを傷つけ、また自身も心に傷を負い、エヴァの操縦を拒絶する。
②使徒襲来により窮地に陥ったレイを助けようとした結果、初号機が覚醒し『ニアサードインパクト』が始まってしまい、カヲルが制止する。
この2点が重要な変更部分だろう。これらによって、3作目の『Q』は既存作品にない物語展開となった。
『Q』の物語はシンジがレイの救出を試みた後の話だ。14年間の眠りについていたシンジは、ミサト率いるWILLEという組織の中で目を覚まし、レイを救出できていなかったことを伝えられる。その後、WILLEから逃げ出しゲンドウ率いるNERVに身を寄せてから、カヲルに教えられる形で自身が世界を崩壊させるきっかけを作ってしまったことを知る。シンジは現実を受け止めきれなく、自暴自棄になったが、カヲルに促される形で世界をやり直そうと決意する。しかし、ゲンドウの策略に嵌められ『フォースインパクト』を引き起こしてしまう。自身が世界の崩壊をさらに進めてしまったこと、カヲルを自分の身代わりとして殺してしまったことの自責から無気力になってしまう。
新劇版『Q』までにおけるシンジの苦悩はTV版と同一である。「エヴァに乗らない自身には価値がない(=自己肯定感の欠如)。だがエヴァに乗ると結果的に他者を傷つけてしまう」という葛藤だ(5)。
TV版と旧劇版は前半部分の『自身には価値がない(=自己肯定感の欠如)』の解決にフォーカスが当たっており、最終的に、「自己肯定感を獲得するためには、他者と交流をし相互理解に努めるしかない」という結論を導き出した。
旧劇版において前半部分の回答を提示したからか、新劇版でその部分に触れることは少ない。むしろ、葛藤の後半部分にフォーカスが当たる。シンジはエヴァに乗ったことで、アスカに怪我を負わせ、間接的にカヲルを殺し、『サードインパクト』『フォースインパクト』と世界を崩壊させた。このように他者を傷つけてしまった罪をどう贖うかが新劇の課題となっていき、『シンエヴァ』で答えを導こうとする。

3-2 『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』-村という社会に住む他者-
『シンエヴァ』では前半で、シンジがアスカとレイとともに、『ニアサードインパクト』からの避難村に向かい、大人になったトウジやケンスケたちが住む家に居候するシーンが描かれる。レイは村にいるのであれば、『仕事』をするようにヒカリに促され、稲作等の手伝いをする中で徐々に人間らしさを獲得する。シンジはカヲルを失ったトラウマから立ち直れず憔悴したまま生き続けていたが、レイをはじめとした周りの人々に励まされる形で徐々に気力を取り戻し、ケンスケの手伝いを始める。
やがてレイはNERVの外で長く生き続けられないため絶命する。その様子を見て衝撃を受けたシンジは覚悟を決め、NERVとの最終決戦に向かうWILLEのウンダーに乗ることを決意する。
『エヴァンゲリオン』シリーズにおいて、NERVやシンジを取り巻くコミュニティ以外の社会が描かれたのは本作が初めてである。
これまで『エヴァンゲリオン』シリーズは『セカイ系』(6)の先駆けともいえる作品とされてきた。しかし本作では、夫婦になり子供を育てるトウジとヒカリ、村の便利屋として地域に貢献するケンスケといった成長した友人たちとともに、村の様子が鮮明に描かれる。村に住む彼らは仕事や家族形成を通して、地域社会にコミットする大人として振舞う。また、14年前と変わらず子どものままのシンジとレイに優しく接する。彼らは、シンジが結果的に『ニアサードインパクト』を引き起こしてしまったが、世界を守るために自らを犠牲に戦っていたことを理解していた。感謝することはあっても責められないと考えていたのだ。
彼らを理解できずシンジは『何でみんなこんなに優しいんだよ!』(7)と綾波にぶつける。すると、綾波に『みんな、碇君が好きだから』(8)と返される。シンジはその言葉を受け止め少しずつ立ち治り始める。いままで他者を傷つけた結果ばかり気にしていたが、自身が守ってきた世界に、目を向け始めた。避難村(=社会)のコミュニティで生活を送る中で、村や自然に対し好意的に思うようになり、この愛すべき世界を傷つけてしまった責任を取らなくてはならない、戦いに決着をつけるべきだと考えるようになっていく。そうしてシンジはWILLEとともに、NERVとの決戦に向かうことを決める。

6 「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』より
7 『シンエヴァ』の『何でみんなこんなに優しいんだよ!』は旧劇のとあるシーンの言葉と対になっている。人類補完進行している中、シンジの内面でアスカとレイと電車内で対話しているシーンでの『だったら僕に優しくしてよ』だ。

8 この言葉をシンジはアニメ版、旧劇版で求め続けていた。『シンエヴァ』においては、シンジが他者からの承認(=理解されること)について、これ以降思い悩む様子はない。それはシンジが世界を懸命に守ろうとした結果、大人になった友人たちからシンジ(のつらさ、孤独)が理解され承認されたのを知ったからだ。旧劇ではうわべだけで信じられなかったが、友人たちの態度と行動からその好意を信じられるようになっている。ここには自身における役割を全うすることで他者からの承認も得られるという側面も暗に示されている。
3-3 『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』における人類補完の結末-贖罪として他者の救済-
NERVとWILLEは、南極大陸にある旧NERV本部で戦闘を行うが決着をつかず、初号機に乗ったシンジがさらに深層に進んだマイナス宇宙に向かうこととなる。マイナス宇宙は人間には知覚できない世界のため、そこにいる人物の過去の情景が映し出される。そこでシンジは登場人物の救済を行っていく。
まず、シンジは13号機に乗ったゲンドウと戦うが、力では決着がつかないと悟り、対話を呼びかける。ゲンドウはシンジとの対話を通し、ユイを失ったことで孤独に苦しんだ自身の弱さを認め、人類補完計画を放棄する。
その後、アスカ、カヲル、レイとマイナス世界での対話を通して彼らの心を救済していく。アスカは親代わりに自分を認めてくれる存在が欲しかったこと、カヲルは本当はシンジの幸せではなく自身の幸せを願ってしまっていたということを認める。レイはシンジがエヴァに二度と乗らないで済むように初号機内にとどまっていたが、もうその必要はないとシンジに諭され救われる。
そして、シンジは世界を作り変える儀式として初号機を槍で貫こうとすると、初号機に眠っていた母ユイが身代わりとなり、13号機の体内に残る父ゲンドウとともに消滅した。かくして、シンジが望む『エヴァンゲリオンのない世界』の再編は行われた。
世界再編後、シンジは青い海の浜辺に取り残されていたが、マリが迎えに来る。シーンが切り替わり、駅にて新社会人となったシンジがマリと対話する。2人は駆け出し、作品が終わる。
後半部分は、シンジがWILLEに身を寄せたところから始まるが、そもそもエヴァに乗る予定はなかった。世界を崩壊させた罪を十分に理解し、それ相応の処遇を受けにきたのだ。自身の罪に対する罰を受けに来たともいえる。結果的にウンダーの力では補完計画を止められなくなり、シンジの出番がやってくることになる。
初号機に乗ったシンジは自身を犠牲にしてでも世界を、自然を、人々を救済しようと努める。そして、人々の苦しむ一因となっていたエヴァンゲリオンの存在を否定し、世界を再編しようとした。最終的に母ユイが身代わりとなったが、自身が消滅する覚悟はできていたはずだ。徹底的した自己犠牲、他者志向が描かれており、本シリーズになかった清々しいヒロイズムを感じさせる。
自己を犠牲にしてでも他者の救済に努めた結果、母ユイに身代わりを引き受けてもらい、マリに迎えに来てもらえた。シンジもまた自己を犠牲にした他者に救われる循環構造が形成されている。ここに、自身が他者に対して誠実に関わろうとすれば、自身に誠実に応えてくれる(理解や承認も内包する)他者が現れるというメッセージを読み取ることも可能だろう。

3-4 新劇版シリーズにおける『大人』とは?
『シンエヴァ』に対して、シンジが『大人』になる物語だ。という感想が多く見られた。では『大人』とはどのような意味合いなのだろうか。様々な意味合いで使われる『大人』について確認したい。
①アスカが用いる『大人』の対義語としての『ガキ』
アスカは『ガキ』という言葉を多く用いる。『Q』においてWILLEのウンダーから脱出したシンジに対しアスカは『あれじゃバカじゃなくてガキね』と毒付く。また、サードインパクト爆心地であるセントラルドグマでの邂逅時も世界を変えると言うシンジに対し『ガキが。だったら乗るな!』と叫び襲い掛かる。レイのことばかり気にしており、周りの制止を振り切りNERVに身を寄せ、自分の行いをやり直せると思い込んでいる身勝手さを批判しての言葉だろう。
『シン・エヴァンゲリオン』になると、アスカが意味する『大人』像は、より具体的に説明される。村での生活を終え再びWILLEに戻ったシンジに対し、アスカはガラスを殴って怒った理由がわかったかと問う。シンジは3号機に取り込まれたアスカを助けることも殺すことも選択しなかった(=他者に対する責任を取りたくなかった)からだと答える。それに対してアスカは『ちっとは成長したってわけね』と認める。
アスカの台詞から、『Q』までのシンジの真逆のあり方を『大人』とするのであれば、他者に対する責任を取れる存在とでもいえようか。
②『シン・エヴァゲリオン』の村社会で描かれる『大人』
『シンエヴァ』の避難村においては、『大人』の存在は言葉ではなく、映像や行為を通して描かれることが多い。
医療行為をして村の人々に慕われるトウジ、彼と結婚して子どもを育てるヒカリ、村の便利屋として自然の調査を続けるケンスケ、避難村を支援する組織を立ち上げたミサト、身を寄せ合って農業に取り組みレイに仕事を教える人々。様々な様子が描かれる。
彼らは社会にコミットしており、自身の役割を果たそうと努めている。自然を、家族を、周囲の人々を守るために仕事に取り組んでいる。『大人』としてのあり方を、振る舞いを通して伝えているのだ。『子ども』だったシンジは、『大人』を見て、自身も社会における役割を果たすべきだと認識を改め成長する。
③『大人』に成長したシンジの行動(と見守るミサト)
彼の成長が最も見て取れるのが、シンジが再度初号機に乗ろうとした際、WILLEの北上ミドリが銃を向けるシーンだ。彼女は『ニアサードインパクト』で両親を亡くしており、シンジは親の仇と言える存在だ。彼女の銃口にシンジは動揺しない。自分の行為の責任を痛感しており、強く糾弾され撃たれたとしても、受け入れなければならないと考えているからだ。これは旧劇までのシンジからは考えられないほど冷静で、大人びた態度である。
北上ミドリより、複雑な状況で葛藤しているのが鈴原サクラだ。彼女もまたミドリ同様『ニアサードインパクト』で両親を亡くしており、シンジは親の仇でもある。しかし、同時に兄を救った恩人でもあるのだ。彼女はシンジがしてきた行為の良い結果と悪い結果、そのどちらの影響も受けており、その狭間に揺らいでいる。だからこそ、シンジを思って、シンジに銃を構えるという倒錯した行為を取る(9)。
そして、シンジに銃弾が放たれるが、ミサトが庇う。シンジはミサトの責任を半分負うと言い、ミサトはシンジの全責任を負うという(10)。2人とも『サードインパクト』を引き起こしたのは自分であり、罪を贖わなければならないと考えているのだ(11)。そうしてシンジとミサトは、初号機、ウンダーにそれぞれ単身で乗り込み、自己を犠牲にして最終決戦に挑むのである。社会における役割を果たし、また自身の行動の責任を取ることを選べるかが本作では『大人』の要素として表現されている。

9 シンジに銃を向けた2人に共通するのは、周囲の人物より若く幼さが残るという点だ。行動の責任を取ることができない少年に対しても優しくできるか(または仕方ないものとして諦めて接することができるか)は、大人の役割の1つとも言える。彼女たちはそこまで割り切って大人になりきれていないとも読める。
10 『シンエヴァ』においては、シンジとミサトは父が人類補完計画を推進している点で境遇が重なる。シンジはゲンドウが人類補完計画を実行に移し、ミサトは葛城教授が人類補完計画の提唱を行った。どちらも父の行為の贖罪をする立場である。
11 シンジがミサトの半分を背負おうとしているのに対し、ミサトがシンジの全責任を背負おうとするのは彼女がシンジの『保護者』だからだろう。ここに彼女の『大人』のあり方が表れている。
4 『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』に残された課題
シンジが『大人』になることで、登場人物の苦悩は救済され、人類補完計画は行われず、エヴァンゲリオンのない幸せな世界が再編された。しかし、作品全体を見ると課題が残っているのではと疑問を抱く。
4-1 人類補完計画ならば解消できたが、現実に残っている課題
再度確認すると、ゼーレは人類は他者と対立が付いて回り、戦争や飢餓が絶えない存在であるとしてきた。そもそも、他者との対立を解消するための人類補完計画である。これに対する旧劇版の回答は、「他者と対立しようとも相互理解に努める』であり、だが『他者を傷つけてしまう恐怖は残っている」状態のままとなった。そして、新劇は「自己の行為で他者を傷つけてしまった場合、責任を取る」という結論とした。回答は徐々に発展しているのだが、そもそも対立があるという現実は横たわっている。
にもかかわらず、世界再編後の駅においてシンジとマリが何も臆面もなく駆け出していくのは一面的ではないだろうか。各地では戦争があり、飢餓があり、心の孤独に悩む人々も変わらずいる。しかし、世界に残り続ける負の側面について、ラストシ-ンでは一切触れていない。旧劇版にあった悲劇的で前向きな結末のような複合的な深みを本作では失っていると言えよう。
4-2 社会にコミットすることが新社会人であるとする保守的な考え
『シンエヴァ』においては、社会にコミットして自身の役割を果たすことが大人のなり方である。そして、自身の役割を誠実に果たすことで他者からの承認を獲得することができるとしている。
しかし、再編された世界で社会にコミットする大人の具体例が、スーツを着た新社会人らしきシンジというのは、あまりにも単純で保守的だ。先述したとおり、世界には課題がいくつも残っている。そのような状況において、企業に属し末端で働く行為だけでは現状追認の側面が強い。社会をより改善していくのであれば、同じ社会人でもより積極的な姿勢を見せる必要があったのではないか。または、『君の名は。』の瀧のように、理想を語るも就職活動が上手く行かない描写の方が、より革新的な姿勢を提示できたのではないか。どのような描写が適切だったかはともかく、社会にコミットする=特性を付与されていない凡庸な新社会人、という一例は不十分に映る。
4-3 時代経過によるオタクの自己批判機能の低下
『エヴァンゲリオン』シリーズはオタクの消費コンテンツの側面を持ちながら、オタクを批判する作品であるという自家撞着的な性質を持ち合わせていることは有名だ。オタクを象徴する要素としては、内向的な少年像、女性登場人物の性的消費(TV版、旧劇版は顕著)、母をメタファーとする初号機から読み取るマザーコンプレックスなどが作品内に随所ある。これだけではあくまでオタク的要素に過ぎないが、旧劇版の精神世界で見せられる、映画館に集まるオタクの実写映像や高速で流れるブログ記事映像は痛烈な批判だったと言えよう。作品に心酔する彼らの映像を見て、嫌悪感を抱いた人は多いのではないだろうか。

『DEATH (TRUE)2 / Air / まごころを、君に』より映画館に来たオタクの映像。映画を観ている受け手に対する鏡としての演出。
このような視点で見ると、シンジ≒オタクであるとして、本シリーズはオタクに対し、『人々と交流しろ、社会にコミットしろ、大人になれ、そうすれば他者から承認される』と呼びかける作品であると読み解くことができる(12)。しかし、このメッセージは現代のオタクに響かないのではないだろうか。
現代においてオタク作品群はメジャー化しており、またオタクの生態も多様化している。自身の欲望を外部社会ではなく、アニメに向けるという性質は変わらずあるが、彼らは自己肯定感が欠如していなく、世代によってはオタク趣味に誇りを持つこともある。先述したようなオタク像は旧時代的なものとなってきている(13)。もし本作が、25年近く『エヴァンゲリオン』にのめり込み続ける旧時代的なオタクをターゲットにし、「社会適合しろ、家族を作れ」と言っているのであれば、正しいメッセージなのかもしれない。しかし、25年の間にそのメッセージを受け取るまでもなく、社会に適合し大人になっていったオタクも多い。
25年経過したことにより、批判メッセージが自分たちに向けられたものと認識できる人々は少なくなった。製作当初では適切だった現代批判メッセージが、正確に的を捉えなくなってしまったと言えよう。であれば、投げかけられたメッセージから行動の改善に努められる人はほぼいないのではないだろうか。
12『Q』開始時点、14年間エヴァの中にいたシンジが精神的に子どものままというのは、「エヴァンゲリオンの体内=母の庇護下、オタク趣味に没頭、自我の殻の中」などを導ける。
13 オタクの変遷についてはオタク論にアプローチをするのが適切と思われる。門外漢なので深くは触れない
5 終わりにー謎に対する需要の変化と他者との相互理解-
令和3年3月22日NHKドキュメンタリー番組「『プロフェッショナル 仕事の流儀』庵野秀明スペシャル」にて、製作中の庵野は以下のような発言を残している。
『謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきている』
商業監督としての鋭い感覚を垣間見せた庵野は『シン・エヴァンゲリオン』を、よりわかりやすく、より幸せな結末に作り上げた。結果、登場人物の内面の謎は本作ほとんど明らかになっていった。特に終盤のアスカとゲンドウの精神世界シーンでは、自身の苦悩が愚直なほど吐露されている。ツンデレだったアスカは親代わりに承認してくれる存在を求める弱さを認めた。また悪の権化として君臨していたゲンドウも、息子の中に妻の姿を見出す父親という凡庸な存在に落ち着いた。細部に謎を残してはいるとはいえ、登場人物の心情に疑問を抱くことはないだろう。
対して、旧劇版は登場人物の心情を完全に説明するのは難しかった。受け手の私たち同様に、作中のシンジも登場人物(他者)への理解に苦しんでいた。だが、最終的に「傷つけ合うと しても相互理解に努めるべき」だという答えを出した。この「傷つけ合うとしても」という仮定は、「理解において困難を伴うとしても」という意味合いもある。
しかし、本作においては、作り手が登場人物の心情を単純化し曝け出し、容易に理解できるようにした。結果、受け手は登場人物の心情理解を行う際に困難を伴わなくなった。だが、その困難さもまた他者理解の本質だったはずだ。相手がわからないからこそ考え続ける、その作業こそが最も必要だったはずだ。だとすれば、作中の謎に対する製作アプローチが、旧劇版の主題を否定してしまったと言えよう。
わからない他者の行動心理=謎の理解に努める苦痛に耐えられない現代人は、他者との理解からかけ離れた存在であるとも導ける。鑑賞後、シンジたちについて考えずに済むことが受け手にとっての『さようなら、エヴァンゲリオン』になっているというのであれば、あまりに皮肉的なメッセージだ。本シリーズが提起した他者との相互理解における課題と、他者という謎から逃げ出してしまう私たちの受け手の課題は、今後も根強く残ることを懸念せずにはいられない。
参考記事
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』レビュー かつて監督自身が引き起こした巨大な「インパクト」にケリをつけた作品
藤田直哉氏による記事。セカイ系についてより深く掘り下げている。
「承認」から「責任」へ──『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』における他者の問題 | UNLEASH
戸谷洋志氏による記事。シリーズ全体における主題について非常によくまとまっている。本稿の構想段階でこの記事が公開され、書きたいことがほとんどあったので執筆を頓挫しかけた。 もし、何か1つエヴァンゲリオンについての文章を読みたいなら迷わずこの記事を勧めたい。
最後までお読みいただきありがとうございます。多くの方にお読みいただけるようよければツイートやはてブ何卒よろしくお願いします<(_ _)>